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マウス初期発生胚における内在性レトロウイルスを介した宿主ゲノム制御機構
坂下 陽彦
慶應義塾大学医学部 分子生物学教室

全能性とは、あるひとつの細胞がいかなる細胞種にも分化・個体形成できる能力を指す。哺乳動物においては、終末分化した卵子と精子の受精によって誕生する「受精卵」のみが全能性をもつ細胞である。受精卵と2細胞期胚では、胚性ゲノムの活性化 (Zygotic genomeactivation: ZGA) が生じ、卵子に蓄えられていた母性因子による発生制御から、胚自身の遺伝子を用いたものに切り替わる。ZGAは全能性獲得とその後の個体発生に必須であり、ZGAを担保するゲノム広範囲なエピゲノム変化は、正常な世代継承と長期的な種の保存にとって極めて重要な現象である。興味深いことに、ZGAに伴い内在性レトロウイルス(ERVs) の一種であるMERVL (Murine Endogenous RetroViruse type L) の転写が一過的に惹起される。ERVsは哺乳動物の進化の過程で宿主ゲノムに組み込まれたレトロトランスポゾンの1種であり、同一の配列がゲノム全体に散在している。MERVLも宿主ゲノム中に数百〜数千コピー存在しており、このことはMERVLを標的としたKnockoutを困難にしている。こうした背景から、これまでMERVLの発現は単なる「全能性マーカー」であると考えられ、その機能的意義については明確な結論が得られていない。そこで私たちは、MERVLを含むレトロトランスポゾン配列の解析に特化したアンチセンスオリゴ核酸 (ASO) やCRISPRiシステムを用いた多コピー遺伝子解析技術を独自に開発し、初期発生過程におけるMERVLの機能不全が胚性致死に繋がることを見出した。さらに、統合的オミックス解析を通じて、MERVL欠損胚では初期胚発生過程における細胞分化が障害され、全能性期様のトランスクリプトームならびにクロマチン状態が異所的に維持され続けることも明らかにした。以上のことから、ゲノム中に散在するMERVLは、全能性獲得後の細胞分化ならびに個体発生の開始に必須であることが結論付けられた。従来までに、ヒトを含む多様な生物種の初期発生過程において、上述のマウスで観られるようなERVsの発現惹起が報告されている。従って、宿主動物の系統発生に沿って枝分かれ (進化) したこれらのERVsが、各現生生物ゲノムのクロマチン制御を担う可能性を見出した点が本研究の特色である。本講演では、これら最新の研究結果を共有し、発展研究への議論を深めたい。


Regulation of host gene expression and cell fate by interspersed endogenous retrovirus-L elements during early stage of embryonic development